漢方治療
漢方薬と向精神薬との違い
心療内科や精神科で用いる抗うつ薬や抗不安薬や睡眠薬は脳細胞のある特定の部分(受容体)に結合して作用し、効果がでます。一方、漢方薬は体の中の「気(エネルギー)」、「血(血流)」、「水(水分)」のバランスを正常化し、その結果として、不眠や不安抑やうつ状態を改善させます。また、漢方薬は自然治癒力(レジリエンス)を高めて治療効果を発揮いします。つまり、向精神薬は攻める薬で、漢方薬は守る薬といえます。向精神薬や漢方薬の長所を考慮してどちらかの薬を選ぶか、あるいは、両方の薬を用いることを選択するのがよい方法と考えます。
私は、スイス・ドイツでの医療に関わった経験から、日本人の体格や体質は欧米の人とはかなり異なっており、欧米の治療法をそのまま日本人に適用することに違和感を感じています。漢方薬は西洋薬に負けず劣らず2500年くらいの長い歴史があり、1500年前頃に中国から日本に伝わって、日本人にあった独自の治療法として発展してきました。そこで、漢方薬を用いることで、日本人の治療には恩恵をもたらすと考えています。
漢方薬の心療内科・精神科における有用性
漢方薬は種々の生薬の組み合わせから成り立っています。漢方薬の多くは、精神を落ち着かせる生薬が組み込まれていることが知られています。昔から、証(その時の体の状態)に合わせて、不眠や不安が強い時や抑うつ状態の時に用いられていました。また、内科や整形外科や耳鼻科などの一般科ではわからない体の変調を訴える場合は心療内科や精神科を紹介されることもしばしばですが、そのような場合に対しても漢方薬が有効なことがあります。ただし、重症の場合には、向精神薬の方が有効なことがあります。
現在、148のエキス剤(顆粒)の漢方薬が健康保険になっており、市販薬よりも廉価で用いることが出来ます。
実際、漢方薬だけで、めまいや不眠症やパニック障害やうつ病や月経前不快気分障害(PMDD)などが改善したり、漢方薬と睡眠薬を併用することで睡眠薬の減量するこができることがあります。また、抗うつ薬の副作用で胃腸症状がある場合でも漢方薬を併用することで胃腸の調子が良くなり治療効果があがることもあります。
不眠症と漢方薬
たとえば、睡眠薬の減量方法は、日本睡眠学会では時間をかけて1/3ずつ減らしていくことを提唱していますが、私の長い経験から、薬に対する依存性が強い日本人ではそれを実行するのは必ずしもうまくいくとは限らないと考えています。当クリニックにおける経験でも、約80例の不眠症の患者さんに酸棗仁湯という漢方薬を就寝前に服用していただいたところ、約半数の患者さんが睡眠薬を止めることが出来ました。残りの約半数の患者さんは睡眠薬を半量ないしはそれ以下の減量に成功しています。その他、興奮して寝付きの悪い場合には、抑肝散や四逆散、中途覚醒や悪夢の方には、柴胡加竜骨牡蛎湯、桂枝加竜骨牡蛎湯、抑うつ気分が強い不眠症には加味帰脾湯、抑肝散加陳皮半夏、不安が強い不眠症には半夏厚朴湯、疲れ切って寝眠れないときには、上記の酸棗仁湯や補中益気湯などを用いています。
他の睡眠障害と漢方薬
寝ようとすると脚がむずむずして眠れず起き上がって歩いてまた寝ようするが寝れないということを繰り返す「むずむず脚症候群(Restless Legs Syndrome)」や睡眠中にピクットして起きてしまう「周期性四肢障害」や睡眠中に夢を見て夢のなかでの争いごとに巻き込まれたかの様に実際に行動してしまう「レム睡眠行動障害」などにも抑肝散の効果が知られています。
パニック障害と漢方薬
不眠症以外にもパニック障害にも漢方薬が有効な場合があります。症状が軽い場合は、半夏厚朴湯が有効です。また、症状が重い場合はSSRIなどの抗うつ薬を用い、軽くなってきたら、漢方薬を同時服用していただき、徐々にSSRIなどを減量していきます。
月経前不快気分障害(PMDD)
生理の前1から2週間前ころから、気分の落ち込みやいらいらが強くなる症状がでる場合には月経前不快気分障害を疑います。月経前症候群(PMS)よりも精神症状が強いのが特徴です。この場合は、桂枝茯苓丸や当帰芍薬散や加味逍遥散などを用います。うつ病の方でも同様の症状をもつ方にも抗うつ薬に加えて服用すると症状が改善することも経験しています。
季節の変わり目にともなういろいろな症状
5月や10月頃の季節の変わり目のころになると、体がだるい、めまいがする、頭痛がでるといった身体的な症状とともに、気分が落ち込む、不眠になるといった精神的な症状が出ることがあります。これは、5月には体が冬向きから夏向きに、10月には夏向きから冬向きに急激に変わるのに体の調整が追いついていけないために起こる現象であるといる説があります。また、台風や気圧の変化があるときにも同様の症状がでることも知られています。五苓散、苓桂朮甘湯、半夏白朮天麻湯などが用いられます。また、耳鼻科でも治療が難しい、慢性的なめまいにも有効な場合があります。
漢方薬はきちんとした証(症状)をきちんと診断してそれに基づいて用いることが必要です。